本文へスキップ

教授挨拶 Message from Professor



臨床検査医学分野教授 康 東天
Dongchong Kang, Professor of Clinical Chemistry and Laboratory Medicine

2017年4月

ミトコンドリア代謝が注目を浴びている時代に

ミトコンドリアの古典的機能として好気的ATP産生の印象が一般的にあまりに強くて、糖代謝を行うオルガネラであると思われがちです。しかし、脂質代謝、アミノ酸代謝、核酸代謝を調節する代謝センターでもあり、結局はすべての代謝のハブともいうべき存在です。しかも、中間代謝産物としてのみ認識されていた様々な産物が実は細胞機能の重要な調節因子であることことも解明されてきて、単に代謝経路を明らかにする古典的代謝研究を越えて、がんや免疫などの生体機能制御と結びついて、代謝研究は一大ブームとなっています。現在の代謝研究の盛り上がりは質量分析機の進歩によって微量な代謝産物の網羅的な同定・定量が容易になってきたことが可能にしたものです。もともと生化学は生体の代謝産物(つまり生体内化学物質)を研究する学問として起こったもので、生化学から研究生活を始めた身としては(今も生化学研究者ですが)、このような形で代謝研究が再度脚光を浴びるとは、予想できませんでした。新しいテクノロジーは新しい研究ばかりではなく、古き学問も蘇らせるようです。
 当研究室も5台の質量分析機を駆使して、ミトコンドリア機能と細胞機能、疾患、代謝を関連付けた研究が進んでいます。これらの研究の基本にはミトコンドリアの機能がどのように維持されているか(品質管理?)という、非常にベーシックな研究の裏打ちが必要です。一見流行に乗っていそうに見える研究だけでない、基本を忘れない研究への目配りが必要です。
 ところで現代はダイエットばやりで、特に糖質制限ダイエットは食事量を制限し空腹に耐えるという心理的な負担が少ない分、とっつき易いダイエット法です。一方でグルコースは生体のエネルギー源としてだけでなく、生体の構成成分としても絶対的に必要な分子です。グルコースが足りないと、アセチルCoAは脂肪酸から合成されますから、脂肪の分解は亢進します。生化学的な代謝経路を考えれば、たとえ糖質の摂取を完全にやめても、アミノ酸から糖新生できるので、その経路が活性化されれば、エネルギー的には無駄遣いですが代謝は回ります。この脂肪酸の分解とエネルギーの無駄遣いが体重減少には有効なのでしょう。ただし、タンパク質で糖の合成を賄うことは、過剰なタンパク質が必要で、場合によっては筋肉の分解でこれが補われます。糖新生に使えない過剰なアミノ酸はエネルギーを使ってただ分解されていくことになります。これはエネルギーの無駄遣いに加え、摂取した食事の無駄遣いということになります。
 気を付けなければならないのは、脂肪酸からのアセチルCoAの合成亢進は相対的なグルコース不足を前提としているので、ケトン体と遊離脂肪酸が増加します。これらの長期的な生体への影響はまだ十分わかっていません。また過剰なアミノ酸分解産物の増加の長期的影響も未知です。中間代謝産物、最終代謝産物の影響を含めて、古典的な代謝研究もまだまだ残された課題はたくさんあるようです。



________________________________________________________________

2015年4月

最新のミトコンドリア像の発信を目指して

2014年12月に、第14回日本ミトコンドリア学会年会を「新しいミトコンドリア像の構築を目指して」をテーマに福岡で主催しました。スタッフや大学院生など研究室のすべてのメンバーの努力のおかげで、多くの演題と多くの参加者を得て、レベルの高い活発な議論にあふれた年会となりました。最近のミトコンドリア研究の多方面の分野への発展は、長年ミトコンドリア研究に携わってきた私自身も驚くべきもので、それだけミトコンドリアに対する研究者の関心が増大しているのは大変喜ばしいところです。それにつれてミトコンドリアに対するイメージも古典的なATPを産生する細胞内工場から、細胞の生命活動の核心的レギュレーターへと、大きく変貌しています。全く個人的な見解による分類ですが、今はまさにミトコンドリア研究の第4の波(第1はATP産生機構、第2はミトコンドリアゲノムとミトコンドリア病、第3はアポトーシスと細胞増殖)の真っただ中にあると感じています。
 臨床検査医学の研究室も、この2年の間に5名の新しいスタッフと多くの新しい学生を迎え、メンバーが大きく変貌しています。それにつれてまるでミトコンドリア研究の多様化に歩調を合わせるかのように研究のテーマも多様化しています。ミトコンドリアと癌化、ミトコンドリアと免疫、ミトコンドリアとメタボローム、ミトコンドリアRNAの代謝、ミトコンドリアDNAの複製、そしてミトコンドリアと神経細胞成熟。実験もノックアウトマウス、ショウジョウバエ細胞、質量分析、次世代DNAシークエンシング、セルソーティング、細胞イメージング、、、、。研究室でのデータカンファはまるでミトコンドリアが異次元から出たり入ったりの感があります。
 今は面白くて重要な結果が確実に蓄積していること、彼らの努力が実を結ぶのも近いことを実感しているところです。そのようなまるで一見バラバラな研究の結果を聞き、見続けていると、不思議なことにそれらが今度はまるで糸で繋がって行くかのように一つのミトコンドリアへとどんどん収束して行くように思えてきます。統合された我々のミトコンドリア像が提示できる日が待ち遠しいこの頃です。


________________________________________________________________



2014年4月

臨床検査医学とミトコンドリア研究

新しい年を迎え、1年ぶりの挨拶文更新です。2012年に神吉講師が新潟大学のテニア教授への昇格したことに伴い、2013年1月に彼のマイトファジー研究グループは新潟へと移動しました。研究室としては大変うれしいニュースでした。それと前後して、3人のスタッフと多くの学生が新たに研究室に参加してくれたことにより、研究室の陣容も拡大し、研究テーマも多様化しました。それからほぼ1年が経過して、その成果が問われる2014年を迎えています。
 世界のミトコンドリア研究は近年とみに多方面へ展開発展しています。特に、ミトコンドリア形態のダイナミクス、ミトコンドリアの感染免疫反応の制御、ミトコンドリア代謝産物の細胞増殖をはじめとする様々な細胞反応の制御は、common diseaseと呼ばれる多くの疾患や老化と関係することからミトコンドリア研究のすそ野を急速に広げているように見えます。中でも、ミトコンドリアによるエネルギー代謝、脂質代謝と言うむしろ古典的なミトコンドリア研究分野と目されてきた領域における研究が、代謝産物の網羅的で定量的な解析技術の加速度的な進歩によって見直されています。
 私たちの研究室でも、そのような技術的進歩を取り込み、この1年で多くの最新の測定機器が導入されました。しかし測定機器の進歩に振り回されない堅実な解析を進めていかなければならないと考えています。ミトコンドリアDNAの複製、ミトコンドリアRNAの代謝調節、ミトコンドリア内の翻訳調節、ミトコンドリア代謝と癌・自然免疫など研究テーマが広がっていますが、私たちの研究室の基本はミトコンドリアゲノムを含めミトコンドリアのオルガネラとしての機能の維持メカニズムと機能維持によってもたらされる細胞レベル個体レベルの有益性の解明です。その中で長年研究しているTFAMやp32分子の機能もまだまだ奥が深い感があります。
 4月にはさらに新しいスタッフ・学生を迎えます。2014年は企業との連携を通じて、臨床検査医学分野らしくミトコンドリア研究を少し臨床検査へ展開させることをも模索しています。ミトコンドリア、臨床検査に興味を持つ人にはいつもオープンです。気軽に若い学生が訪ねてくれればと願っています。